第9回小説宝石新人賞 最終選考 [完全載録]
「選考過程の見える新人賞」としてスタートした小説宝石新人賞も早や第9回。今年は新しい選考委員に山本一力さんをお迎えし、唯川恵さんと白熱の議論を繰り広げていただきました。応募総数948編から選ばれた作品は――。|撮影・都築雅人 山本一力×唯川恵

最終候補作品 応募総数973編 * 伊藤朱里 そとがわの獣 * 稲葉禎和 サクラ * 香月うたね つめたい太もも* くぼ田あずさ 「ふざけろ」 * 渋谷雅一 傷痕 * 木下真子 西北雨 * 風に舞う  ※作者50音順 選考委員のお二人には、タイトルと名前のみ書かれた表紙でお送りしました。年齢、職業など、一切お伝えしてありません。

――今回は最終選考に五編残りました。作者名五十音順で、まずは井上宮さんの「ぞぞのむこ」からお願いします。

山本一力(以下山本) :  評価は「A」です。
 とにかく、着想がすごいと思った。新人賞は、言ってみれば腕力を思いっきりぶつけるものだよね。これぐらいパワーのあるものをぶつけられるのはすごいなと思いながら読んだんですよ。
 このタイトルもすごく好きだった。「いったい何だろう」と思うよねえ。

唯川恵(以下唯川) :  本当に。

山本 :  始まってすぐに、「ぞぞ」の故郷みたいな「漠市」という謎の街が出てくるんだよね。「何なんだ、これは」と思いながらどんどん読んでいって、破綻なしに最後まで引っ張られた。
 これは辛いことを言い出したらキリがない作品だと思うんだけれども、とにかく「ぞぞ」というものを発明したこの人の力量に私はやられました。

唯川 :  私は「B+」です。
 すごく面白かったですね。主人公が「ぞぞ」を殴るために家に帰るようになっていくところがとても怖くて。殴っているほうが加害者ではなくて、むしろ「ぞぞ」の手中にはまっていく感じがぞくぞくしました。家庭内暴力のような現代的なテーマも入っています。
 一力さんがおっしゃったように、この作品に矛盾や綻びを言い出したらキリがないというのはありますが、そこが気にならないほどの迫力があったと思います。
 なぜ「A」ではなくて「B+」なのかというと、冒頭でいきなり矢崎という後輩が「漠市」のことを話すんですが、ここの説明をもうすこし違和感なく展開して欲しかったですね。

山本 :  そうだね。

唯川 :  でもそういう細かいことよりも、力技で持っていかれたという感じがして、私もとても面白く読ませていただきました。

山本 :  この作者は次に何を打ち出すんだろうと思うよね。
 俺は好き嫌いで言うと、実はこのジャンルは嫌いなんだ(笑)。ただ、これは食わず嫌いだったんだな。こうして選考できたのはとても良かった。

次は北澤佑紀さんの「セキレイ」です。

唯川 :  私は「C」です。
 ここまで嫌な物語を、よく描けたなと感心してしまいました。それはものすごく才能が必要です。
 でも、主人公に共感できる部分がかけらも出てこなかった。それはある意味、読者を煽ることの面白さなのかもしれないけれども、何かひとつでもいいから共感が欲しかった。
 それができないというのは、エンターテインメント小説を書くタイプの方ではないのかなという気がしました。

山本 :  僕も「C」。
 これは、主人公の女性の性格が全然定まっていないよね。「いい女」に見せようと毅然と振舞っているかのようで、実はぐしゃぐしゃで。だから、捉えようがないんだね。少なくとも俺が知っている「いい女」というのはもっと「いい女」だった(笑)。主人公に感情移入ができないから、申し訳ないけど物語が成り立たなくなった。
 それと、三十年ぐらいの長い時間の物語だけれども、その時間軸がブレていると思う。ちゃんと年表を作って書いたのかなと疑うところが幾つかあった。

唯川photo 私も、構成の仕方がちょっと失敗している気がしました。主人公がなぜこの男にこれだけのめり込み、ここまで執着するかというところを説明しないままに進んでいってしまうので、ものすごく唐突感があるんですね。  最後のほうに、「こんなに気の合う、性的にも合う人はいない」というようなことが出てくるんですけど、そういう心の在り方を最初にうまく持ってきて、この男にのめり込んでいく過程をちゃんと納得させてくれていたらなと思います。

山本 :  そう、後ろは何か説明になっちゃうんだよなあ。
 それと、最初の方でダムの怖いエピソードがあるよね。あそこの描き方もちょっとよくわからない。最後に煙突から落ちることの予兆なのか、伏線のつもりなのか……。描き方によってはあのエピソードひとつでものすごく大きな物語に持っていけるよね。
 筆力はある人だと思うから、この枚数に合った、もう少し短い時間の中での物語を、濃密に描いてみるのもいいかもしれない。

唯川 :  気になったのは、「『セメント樽の中の手紙』を思い出した」というような文章が出てきますが、私はその作品は知りませんでした。こういうのは書き手としてはしてやったり感があるのかもしれませんが、読者に対して有効とは思えず、ちょっとひっかかりましたね。
 あと、最後まで自分の愛情を肯定するというか、あくまでも自分は悪くないという感情を押し通すところも、本当に後味が悪かったです。最後に、主人公が死ぬならまだ良かったと思うんです。
 最初に言ったように、ここまで自分本位な女を書けたというのは、才能だと思うんですね。ただ、どうしてもこの主人公を受け入れることができなかったということで「C」です。

――次は長谷一馬さんの「月の陰」です。

山本photo  これは、「A++」ぐらい。
 実に地味な話だし、「月の陰」という題名ももうちょっと考えてもらいたいなとは思うけど、主人公の女性が等身大なんだよ。これぐらいの年の人たちってこういうことを考えるんだろうな、というのが自然に描かれている。
 それから、院長が嫌な奴で、憎まれ役としてちょこちょこ顔を出すけれども、「院長の言い分はもっともなんだよ」と言いたいところもある。「
 患者の前で自分に批判的なことを言うな」とかね。でも、逆にそういうことをやるのが、この子の若さであり、発展途上の部分なんだろうな。自分の仕事には一生懸命だしね。  すごい大事件があるわけでもないけど、最後まで穏やかに読み進められた。この人は去年、蝶々の話を書いた人だよね? あの話は読んでいてざらりとした嫌な違和感を残したんだけど、今回は佐伯のおばさんが実にいい味わいで。おばさんの持って来るまんじゅうも目に浮かぶしね。
 いろいろな意味において、この人は大きな可能性を秘めた人ではないかと思ってイチ押しします。

唯川 :  ごめんなさい。私は「C」なんです。
 この長谷さんは、以前にも歯医者さんを一度書いていらしたことがあるんですよ。

山本 :   あっ、そうなの?

唯川 :   はい。そのときにたしか、「シリーズ化したらどうですか」みたいなことを言った覚えがあります(笑)。
 本当に、いい話だということはすごくわかるんです。好きか嫌いかと問われたら、好きです。だけど、そのいい話の枠を超えられていないような気がするんです。。

山本 :   ああ、なるほど。

唯川photo 主人公はいい子で、歯医者さんで頑張って働いていて。院長先生とトラブルが起きたりするんですが、その構図がものすごくはっきりとした「善と悪」で、作り方もシンプル過ぎてちょっと物足りないなと思いました。
 人生は白と黒ではなくてグレーのところがすごく多いと思うんですが、そこのところをこの小説の中では描き切れていない。主人公はいい子で頑張っているから最終的には幸せになるし、前の患者さんが来てくれる。院長先生はあんな人だから、患者さんが離れていく――という収まり方が少々物足りない。
 この作者は、自分の一番居心地のいい物語の殻を破らないんだなという感じがして、小説としては少し毒が足りない気がしました。

山本 :   今のを伺えば、点が辛くなるのもわかるよね。俺は逆に、去年の蝶々の人がここまで書けたのかと思ったんだけど。
 それと、あえて大きな物語を取り込まずに、平坦な中で凸凹しながら進めていくところを評価したんだけど、そこの捉え方が、唯川さんと一八〇度真逆だったんだね。

唯川 :  そうなんですね。

山本 :  俺は「ぞぞのむこ」にするか「月の陰」にするかをさんざん迷ったんだけど、ちょっと一旦、措いておきましょうか。

――次は森高志さんの「ペルソナの罅」です。

唯川 :  そうなんですね。

山本 :  俺は「ぞぞのむこ」にするか「月の陰」にするかをさんざん迷ったんだけど、ちょっと一旦、措いておきましょうか。

唯川 :  非常に力を込めて書いていて、物語全体にエネルギーを感じました。  小説としては、よくあるパターンだとは思うんですね。姉を死なせたのは自分だという罪悪感に囚われている主人公が、母親に憎まれているのではないか、自分は姉のように生きなければいけないのではないかともがいている。そこへ、自分らしく生きられない少年が現われて、自分の人生と重ねていくというような。いい意味で、小説として王道の感じがします。
 主人公が精神科医で、舞台は病院、よく調べて書かれているし、文章が丁寧でセンスもよく、得点が高くなりました。
 気になったのは、作者の性同一性障害に対する考え方です。少年が不幸になるという形でしか捉えてないんですよね。でも、それはものすごい偏見だと思うんですよ。
 確かにそれは病の一つではあるかもしれないけれども、今は性別適合手術を受けたり、理解ある家族や友人と出会ったりして、自分の新しい人生を歩んでいくということもできるのに、この少年はこれから一生辛くて不幸で、という書き方が気になってしまいました。
 それは感覚の一番大事なところでもあると思うので、ちょっと言っておきたいと思いました。

山本 :  俺は「C」。
 主人公は精神科医だよね。精神科医というのは、医者の中でもものすごく大変な分野だと思う。人からいろいろなものを吐き出されて、それを受け止めて、きちんと処理していかなければいけない。楽しい話を聞かない職業ではないかと思うの。

唯川 :  そうですね。

山本 :  でもこの主人公はプロ意識に欠けていると思う。看護師に対して「トンボの脚を一本ずつ引きちぎっていく子供のように思えた」と思うシーンがあるけど、精神科医のモラルとしてどうかと思う。そういうことが随所に出てくる。
 精神科医という職業を選んだのなら、強い決意のようなものがあるはずなのに、それが、全く俺には伝わってこなかった。

唯川 :  物語はすごくシンプルでも、精神科医を使ったことで、深みが出ている気もしたんですけど、そう言われてみるとちょっとそれに惑わされたかなという気が、今はしています。そうですね。

山本 :  ただプラスの部分を言うと、表現力はすごくある人だと思う。「般若の面」の描写の仕方なんかは、非凡なものがあるよね。
 でも、題名の「罅」という字はルビがないと読めないよ(笑)。こういうところにも「どうだ!」という感じが伝わってきてしまうんだ。

――最後は吉田ユキヒさんの「宮本はもういない。」です。

山本 :  「B」です。  こういうふうに、主人公と対極の人間を描いて、最後にふたりの立場が逆転するというラストは、途中から想像できてしまうんだよ。きっとこの融資の話は壊れるぞ、そして、壊すきっかけは宮本だろうと想像がつく。なぜなら、タイトルが「宮本はもういない。」だから(笑)。
 ほんの少し出てくるユカちゃんだっけ? この人、すごいよなあ。銀行員がこんなしゃべり方をするのか、本当に陰でこういう怖い発言をするのか、俺は今日、唯川さんに会ったら絶対に聞きたいと思っていた。

唯川 :  アハハ。

山本 :  大きな破綻なしに物語が運ばれてはいくけれども、やっぱりどうしても今回、俺は「ぞぞのむこ」と比べたんだね。「ぞぞのむこ」は、この物語はどこへ行くんだろうと思わせてくれたけど、これはそこには届かないなと思って「B」止まりでしたね。

唯川 :  photo私も「B」です。
 うまく銀行小説になっているとは思いますが、でも、今これを書くのは勇気が要るというか、池井戸潤さんの存在があるわけですし……。だから、残念ながら新鮮味を感じることができませんでした。
 タイトルも悪くないと思うんですけど、どこかで聞いたことがあるような気もします。
 北陸の銀行が舞台となっていますが、私も若い頃、もう三十年以上も前になりますが、まさに「北國銀行」というところで働いていたので先入観を持ってしまったようです。それがいいほうに作用したか、悪いほうに作用したかはわからないですが、地方銀行はこんなにガツガツしてないんじゃないかなという気はしました。
 都銀だったり、もっと大手の銀行ならこれぐらいのことをやるのかもしれません。むしろ、舞台を大きくした方がリアル感が出たように思います。

山本 :  うん。あの支店長はすご過ぎるからね。

唯川 :  あんな人がいるかなと。でもユカちゃんみたいな女の子はいました(笑)。

山本 :  ああ、そう。アハハ。

唯川 :  文章もうまいし、展開もいいんですが、新鮮味を感じられなかったのが残念です。今これを書くということのタイミングの悪さを感じてしまいました。

山本 :  でも、それは書く上においてすごく大事なことだよね。腹をくくって書かないと、どこかで読んだぞという印象を持たれかねない。

――一通り選評をいただきました。「A」がついた「ぞぞのむこ」「月の陰」「ペルソナの罅」の三作で、もう一度議論したいと思います。

唯川 :  私は「ペルソナの罅」を推しましたが、一力さんの話を聞いたときに、確かに医者としての在り方はどうなのかという気持ちになりました。
 主人公の心の揺れみたいなものに重点を置いていたのですが、患者よりも自分を大切にしすぎていて。つまり、患者を通して自分の病を治しているわけですよね。

山本 :  まさに唯川さん、俺はそのポイントだったんだよ。
 医者ってこうじゃないだろうと。プロの医者としてやらなければいけないことは何なんだろうと考えていくと、色々な綻びが見えるよね。

唯川 :  そうですね。

山本 :  ただ、さっきも言ったけど、随所にこの人独特の描写力のようなものが見えるから、それを磨いて、人間を真正面から捉えて、思いっきり深く描き込んだ一作を読んでみたいよね。

唯川 :  主人公と母親の確執を描いていますが、とにかく自分が被害者でしかない。それこそ、精神科医であるなら、娘を亡くした母親の気持ちというのも、もうちょっとわかってもいいんじゃないかと思うんですよ。 「お母さんは私がお姉ちゃんを殺したと思ってるんだろう」とか、「お姉ちゃんのように生きなきゃいけない」とか、そこにしか出口を見つけられないでいる。
 それからやはり、性同一性障害に対する考え方です。「頭の病気」という表現も出てきます。そういうところがずうっと気になっていました。
 言葉なのでそこは目を瞑ればいいのか、逆に、そういうところこそ目を瞑ってはいけないのか。判断つきかねたんです。

山本 :  いや、それは瞑ってはいけないだろうなあ。そこを指摘するのがさすが選考委員だと思う。書いている本人は、そこは意識していないんだろうね。

唯川 :  全体的な表現力もあるし、描写も上手いし、そういうところで点数を上げたんですけど。でもやっぱり迂闊な一言で、全体的な印象が変わりますからね。

――「月の陰」はいかがでしょうか。

山本 :  俺は「A++」とまで言ったけれども、背景を知らずに言ってしまったんだね。唯川さんから教わって、「そういう背景を踏んでいた人か」ということがわかって、ちょっと冷めた部分はあるね。
 ただ、否定する必要はないし、この人はとにかく頑張ったほうがいいと思うよ。既視感をもたれないようなものを書いていけるよう、もっともっとやるべきだね。

唯川 :  私もこの方を否定するつもりは全然ないんです。四回も最終選考に残っているわけだし、とても力のある方です。前も同じようなことを言ったと思いますが、もしシリーズとして書いていったら、売れるのではないかという気もします。
 ただ、やはり新人賞として送り出すには、ちょっと違う種類の小説だと思ってしまうんですね。

山本 :  この人は、基本的なものは持っておられる方でしょう。安易に妥協した賞はあげずに、もっと叩いてあげたら、必ずいいものを出すと思うね。

唯川 :  そうですね。

山本 :  うん。そうなってくると、俺は「ぞぞのむこ」で何の異存もないな。

唯川 :  はい。私もそうなんですよ。
 とにかく、迫力があるし、怖いし。こういう小説に出会えるというのも、選考委員をしていて面白いところですよね。
 あえて突っ込みどころをあげれば、後輩の矢崎ですね。何で、彼だけはこんなに冷静になっているの? とか、もうちょっと早く「こっちに行きましょう」と言えばいいのにとか。

山本 :  何でこいつは感染しないのか、というのもね。

唯川 :  そうなんですよ。あと、「ぞぞ」はどうして、主人公の元彼女であるのぞみの姿をして現れたのかとか。
 でも一力さんがおっしゃったように、この物語に細かいことをいろいろ言っても意味ないなと思っていて。

山本 :  そうなんだよね。力技で押し切っていってしまう。
 これは、もうこの人の発明だよね。「ぞぞ」がバラバラに飛び散って、それがまた「ぞぞ」になるという、こういう発想はすごいなあ。
 俺は、主人公が「ぞぞ」のお腹をぶっ叩くところが印象的だった。あれはもうセックスを連想させるよね。

唯川 :  そうですね。私もやっぱり、殴るところが実に怖いというか、官能的というか。「ぞぞ」とはセックスも出来たわけじゃないですか。でも、殴るほうがずっと快感になっていくんですよねえ。そのうえ、「ぞぞ」が、暴力をどんどん受け入れていくじゃないですか。もう、ぐにゃっと全部受け入れる。あの恐ろしさと色っぽさというのはすごくそそられました。

山本 :  うん。この人は、次にどんな方向に行くだろうね。

唯川 :  ジャンルとしてはホラーと言っていいんでしょうか? 最近、ここまでグロテスクな印象の応募作はなかったので、新たな風を感じます。

――それでは、「ぞぞのむこ」を受賞作に選ばせていただきます。ありがとうございました。

山本 :  でも、本当に全体的にレベルが高いね。

唯川 :  はい。私も、そう思いました。どれもすごく面白かったです。

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第9回小説宝石新人賞 くぼ田あずさ「ふざけろ」