――今回は最終選考に七編残りました。作者名五十音順で、まずは有村花さんの「ユズとレモン、だけどライム」からお願いします。

山本一力(以下山本) :  評価は「A+」。
この作品は、色が見える。例えば、ブロッコリーを茹でたときの、ほんとに鮮やかで、目に痛いぐらいの緑。その色がよく伝わってくる。それから、寒さの描写も秀逸で、冒頭からすごく寒いんだよ。流氷を見に行く場面も良かった。
物語もよく出来ていて、台詞で繋いでいくようなところもあるけれども、俺は自信を持って強く推せる。

恩田陸(以下恩田) :  私は「B-」です。
読み心地は良いですし、ロードムービー的な雰囲気があって爽やかなのですが、書き始めの人なんだろうという気がしました。
どうしても引っかかってしまったのは、病気です。バッタリ出会ったふたりがふたりとも、重い病気であることにすごく引っかかってしまって……。ちょっとお話作りとしては、この偶然はないよねと思ってしまいました。

山本 :  恩田さんが言われることは、よくわかる。もっと言えば、候補作を全部読み終わったときに「なんて病気が多いんだ」と思ったよね。

恩田 :  思いましたね(笑)。

山本 :  「病気を持ってこなきゃ、話にならないのか」というのもあるけれども、この作者は、磨けば珠になるなという気がするんだよね。

恩田 :  センスはあると思います。

――次は井田隆代さんの「コネクト」です。

恩田 :  「B-」です。
みんなが読んでいる週刊少年漫画が、次々と色んな人の手に渡っていくという、工夫のある話作りは買いますが、そこに関わる人たちがあまりにも類型的です。特にお父さん。好きな男を追って進学しようとしている娘を思うお父さんがあまりにも類型的で。
ただ、ちゃんとお話を作ろうとしている姿勢は評価したいです。

山本 :  俺も「B-」。
いま恩田さんが言われたように、「こんな親父、いねえだろう」と思うよ。いつの時代? と思うよね。登場人物全員が、ぜんぜん歳相応じゃないんだよ。
こういうオムニバスというのは、それぞれの話がきちんと際立っていないといけないのに、どれもが類型的に思える。物語の作りは面白いかもしれないけれども、やっぱり新人賞というからには、腕力で「どうだ、勝負!」という強さを求めますね。

恩田 :  あまり場面の必然性がないんですよね。途中で大学生の男の子が出てきますけど、物語にそんなに関係してこないし。最後の北大路君だけでもいいんじゃないかと思ったりもして、そういう意味でも、ちょっと行き当たりばったりの場面展開に思えたところがありました。

――次は井戸上真子さんの「Serotiny(セロティニィ)」です。

山本 :  photo 「B」です。
これも、この親父の歳が分からない。話を作ることに先走っちゃって、登場人物の、歳相応の考え方が描けていないんだよ。大人が作った子供の話としか思えなくて、それが残念だったね。

恩田 :  私も「B」です。
最初にパッとこのタイトルを見て、「何だろう?」と思うわけですよね。最後に意味が分かるわけですが、たぶん、このタイトルを作者がどこかで見たときに「これは使える」と思ったと思うんですよ。「再生」「復活」みたいな意味合いで、お話になる単語だなと。その説明が話の中心になってしまって、内容が隷属させられているというか、作られている感じがすごく漂ってしまって。
ちょっとホロリとさせられるところもあるし、直球勝負でテーマに正面から取り組むのは素晴らしいと思うんですが、その直線さが仇というか、少しわざとらしくなってしまったかなと思います。力のある人だとは思うんですけど。

――次は北澤佑紀さんの「桃源郷」です。

恩田 :  「B+」です。
けっこう好きでした。村からいなくなった人たちの案山子を作るという設定は、モデルとなる場所があるんですよね。ドキュメンタリー番組で見たことがあります。
地味なおじさんと、お爺さんと、お婆さんですけど、この三人がとてもよく書けています。特に気に入ったのは、ユーモアがあるところです。地味な話ですが、とても好感が持てました。この人は時代小説を書くと良いかもしれません。

山本 :  俺は「A」。
この人は一生懸命描写しようとしているよな。描写を志して、細かに描いて、紡いでいこうとしている姿勢が、よく伝わってくる。実体験もあるんだろうけど、うどんを作る場面とか、ただ知識だけで書いたんじゃないな、と思わせる。
ただ、タイトルは何とかしたほうが良い。

――次は木村椅子さんの「ウミガメみたいに飛んでみな」です。

山本 :   これは「B-」。
人間にリアリティがないんだよ。バイトも就職活動もしないで、地元の北海道に帰るって、どこにそんな金があるんだと。北海道に帰っても、そんなに苦しそうにはしていないし、葛藤もあまり伝わってこない。作者が主人公の立場に立った感じがしないんだよ。こういうファンタジーの世界と現実を行き来する話は、主人公が等身大に描けていないと感情移入できないんだ。
それから「ジョニ黒」って言葉が出てくるけど、これは一九六六年頃の言葉だよ。だからこの作者は不思議なんだよね。若い奴を書いているのに、微妙な年代のズレがある。

恩田 :  「A-」です。
私は逆に、今の子らしいリアリティは感じました。小説としても、ものすごくセンスのある人だと思います。最近、特に新人賞などを読むときには、ユーモアのセンスがある人は貴重だと思うんですよ。ある程度、自己客観性がないとユーモアは盛り込めないので。この人は、会話も面白いし、そこにすごくセンスを感じました。
ただ、惜しむらくは、ちょっと既視感がある。それは今回の候補作すべてに共通しているんですが、どこかで知っている巧さなんですよね。「こういう話、読んだことがあるな」というのが、わりと多かったです。

――続いて小沼朗葉さんの「あかいつめ」です。

恩田 :  「A-」です。
とても感心しました。サスペンスを引っ張っていって、最後にひっくり返して、もう一展開あったところにすごく話作りのセンスを感じます。主人公のネイリストの気持ちの変化も上手に描けていて、即戦力的に書ける人だと思います。女性同士の牽制し合う様子や、お客さんとの会話もリアルです。
ただ、全般的にも言えるんですけど、みんな書き出しとラストがひどい。この人も上手なのですが、書き出しと最後が上手くないなと思います。あとやはり、この作品も既視感がありますね。タイトルも、わざわざ平仮名にしなくても良かったのになと思います。

山本 :  「B-」です。
辛くなったのは、いま恩田さんが言われたところ、引っかけというか、読者を誘導しようとしている部分があるよね。でも、どうしてそれが必要だったのかなと。というのは、そのひっくり返しがものすごい効いていれば良いけれども、不発に終わっている感じがするんだよね。

恩田 :  なるほど、おっしゃることはすごくわかります。

――最後は椎名勇一郎さんの「にゃんトオ」です。

山本 :  「B」です。
この母子は、ものすごい赤貧の暮らしだったわけだよね。子供がリュックを買ってくれと言っても買ってやらなかったのに、母親はレストランでメシを食っているという。そんな親はいくらなんでもいないだろう。
それで、母親が供述しているような口調で物語が始まって、一体何なんだろうと思って読むんだけど、時間軸が行ったり来たりして、今がいつなのか分からない。
題材は良いし、タイトルも良いと思う。もう一回、思い切り書き直したら良いんじゃないかな。

恩田 :  私は「C+」です。
 確かに、場面の組立て、時系列がわからないというのはあって、リアリティも薄いです。私は最初、これはものすごいカタストロフィが待っているんじゃないかと思って読んだんです。妙に、このお母さんの語り口が怖いんですよね。だから、きっと最後に、ものすごく悲惨な結末が待っているに違いないと(笑)。

山本 :  そう、殺人でもしたのかと思ったよね(笑)。

恩田 :  そうしたら、ネコが天然記念物だったという話で(笑)。でも、妙なサスペンス感があるので、この人は、怪談とか書いたら、怖くて良いものが書けるんじゃないかなと思いました。

――ここからは、あまり評価の高くないものは外して、残った作品について議論していただきたく思います。
おふたりとも評価の低かった「コネクト」、「Serotiny(セロティニィ)」「にゃんトオ」の三作は残念ながらここまで、ということでよろしいでしょうか。

恩田 :  はい。

山本 :  異議なし。

――「ユズとレモン、だけどライム」「桃源郷」「ウミガメみたいに飛んでみな」「あかいつめ」の四作が残りました。

山本 :  一作推すなら、俺は「ユズ」だね。

恩田 :  山本さんは、これに差し上げたいという感じですよね、きっと。

山本 :  うん。いま残っている四つの中でも、俺はこれが一番だと思う。
今回、この七編を評価しながら、自分が新人賞をいただいたときのことを思い出していたの。あのとき、「読者を現場に立たせてやらなきゃダメだ。ちゃんと連れていってやれよ」と言われたひとことが、いつも頭にあった。
この中で、俺がスッと物語に連れていかれたのは「ユズ」と「桃源郷」だった。「ユズ」は、読み始めからすごく寒かったし、流氷見物の場面にも、スッと連れていってくれたのね。「桃源郷」もそう。「こういうじいさん、いるよな」と。
饒舌に過ぎる必要は全然ないんだよ。武骨でもいいから、ちゃんと読者をそこに誘ってもらいたい。それを強く感じたな。

恩田 :  なるほど。「桃源郷」は、ふたりの評価が一番近いですよね。
ただ、この作者は書けそうな気はしますけど、新人賞として考えた時にどうかな、という気もします。

山本 :  恩田さんが一番強く推したいのは、どれ?

恩田 :  私は「ウミガメ」です。

山本 :  何に惹かれた?

恩田 :  語り口です。山本先生のおっしゃるマイナス点もよくわかりますけど、何というか、センスをすごく感じました。

山本 :  なるほど。

恩田 :  ただ、先ほども言ったように、「これ、読んだことがあるな」という引っかかりはあります。でも、この人は上手だと思います。それに、書けると思う。新人賞で、この先も働いてもらいたいと思ったときに、この人は伸びると思うんですよ。
「あかいつめ」の人も、上手だと思います。この人はサスペンスミステリーを書いたら巧いんじゃないかと思いますね。

山本 :  「あかいつめ」は、ごめん、これは推せない。

恩田 :  そうですか。でも、私もどちらかなら「ウミガメ」を残したいので。

――では「あかいつめ」も、残念ですがここまで、ということにさせていただきます。

山本 :  photo「桃源郷」も、「ユズ」と比べると、そこまで強く推せないかな。佳作程度だね。「ここまで書けているのだから、次も頑張りなさいよ」と言ってあげたい。
あとやっぱり、「桃源郷」という題名のところで終わってしまっているよ。何を言いたいかというと、題名を超えていないんだよ。この題名で、思いっきり才能が光ってくれていたら「あっ、これは!」と思えるけれども、「桃源郷」と言っちゃったことで、自分で蓋をしてしまったような気がするよね。

恩田 :  私も、「桃源郷」は受賞ではないけれども、応援してあげたいという感じですね。

山本 :  そうだね、応援はしてあげたい。一生懸命書いていることは事実だから、筆を折らずに、書き続けてほしいよね。

――では、「桃源郷」も受賞には至らないということで、「ユズとレモン、だけどライム」「ウミガメみたいに飛んでみな」の二作が残りました。

恩田 :  私は「ウミガメ」を推したいです。この人は、この先、もっと大風呂敷を広げて、大きなお話を書ける人なんじゃないかと思いました。その伸び代というか、将来性を買って、私はこの人に差し上げたい。

山本 :  俺も「ウミガメ」を落とす理由は持っていないよ。確かに、この人も伸びていけると思う。ただ、大事に育ててあげないと、この人は器用だろうから、勘違いして甘いほうへ行きそうな気がするのね。

恩田 :  そうですね。それなりに書けちゃうから。

山本 :  そういうことなんだよな、書けちゃうんだよ。書けちゃうから、最後はあんなお伽話みたいなところへ持っていっても、とりあえずはちゃんと落ちるわけだよね。

――山本先生は、やはり「ユズ」でしょうか。

 

山本 :  うん、俺は「ユズ」は賞に値していると思っている。とにかく良くできている。

――恩田先生はいかがですか?

 

恩田 :  photoもちろん、センスは感じますが、受賞はどうかなという感じですね。

山本 :  この人は、俺はいけると思う。ぜひ推してやってほしい。
俺も「ウミガメ」は嫌いじゃないし、落とす気は全くないから、二作受賞でよければ、この二つを推してやりましょうよ。

恩田 :  う~ん……。

――二人とも病気であることとか、作為的な感じがやはり気になりますか。

 

恩田 :  作為的というよりも、何というか……。
私は正直、この人がこの先伸びていくかわからない。センスはあると思いますが、そこまで懸けられるほど伸びるかというと、私は自信がないですね。まだもうちょっと訓練を……まあ、賞を差し上げて訓練してもらうというのもありますけど……。

山本 :  この人は、俺はいけると思う。

恩田 :  そうですか。「俺を信じろ」と(笑)。

山本 :  信じて。ほんとに(笑)。
この人の何に俺は惹かれるんだろうな……。とにかく、ネガティブ要素を挙げたらキリがないんだよ、この作品は。

恩田 :  うん、そうですね。

山本 :  あんなにダラダラ台詞で進めるか、というのはあるけれども、途中でカニを食べるシーンがあったよね。あのとき、その食卓の絵がバッと広がったのよ。何度も読み返したけれども、別にどうってことはないシーンなんだよ。でも、なぜだか心に残る。
それに、十五歳ぐらいの男の生態というのが非常にわかりやすく、しかも、過不足なく等身大で書けているように思える。きっと、そういうところに俺は惹かれたんだろうな。
これはほんとに、自分の誇りにかけて、この人は伸びてくれると思う。

――恩田先生としては、「ユズ」に関しては、受賞まではどうかと。

 

恩田 :  そういう感じですけど、でも山本先生を信じます(笑)。

――それでは、「ユズとレモン、だけどライム」「ウミガメみたいに飛んでみな」の二作が受賞作ということでよろしいでしょうか?

山本 :  いうことで、いいですか。ありがとうございます。

恩田 :  こちらこそ(笑)。

山本 :  これは恩田さんに感謝すべきだな、この人は。

恩田 :  いや、それはやっぱり、山本先生の粘りですよ(笑)。それだけ推せる人がいるというのは、幸せなことですよね。

山本 :  俺も新人賞でデビューさせてもらったから、今、こうやってあなたに言いながら、「俺も新人賞を取ったときに、推してくれた先生がいるんだよな」と思うよね。「あの人に推してもらって、今があるんだ」という気はするし。

恩田 :  それはありますね。だから、出世払いで返してもらわないと(笑)。

山本 :  ほんとだよ(笑)。出世払いは、良いものを読ませてくれるということで。
ほんとに新人賞というのは恩返しなんだよ。だからこそ、中途半端はダメだよね。新人賞でデビューして、今、物書きとして残っているのは、ほんの一握りだもんな。新人賞がゴールだったという人が圧倒的に多い。そうじゃなくて、ぜひ、ここから巣立ってもらいたいよね。

恩田 :  そうですね。今回の候補作もすべて、レベルは高かったと思います。書き続けてもらいたいですね。

第11回小説宝石新人賞 木村椅子「ウミガメみたいに飛んでみな」 本山聖子「ユズとレモン、だけどライム」