第1回小説宝石新人賞最終選考 奥田英朗×角田光代 [完全載録]

昨年9月末に締め切った第1回小説宝石新人賞。最終候補に残った7作品を、選考委員のお2人にお読み頂き、いよいよ新人賞の決定です。それぞれの作品に対するコメントは、これから書こうとしている方へのメッセージでもあります。あなたの作品はどんな感想を得たのでしょうか。 進行・本誌編集長 竹内充 / 撮影・都築雅人

最終候補作品  * 古川和生/必殺!いまし目小僧  * 山上籐吾/白雲の彼方へ  * 藤岡陽子/波風  * 又三良/アイ・シー・ユー  * あべゆうこ/キラー  * 本田十折/草葉の陰で見つけたもの  * 佐々木千原/影踏み  (応募順)  選考委員のお2人には、タイトルと名前のみ書かれた表紙をお送りしました。年齢、職業等、一切お伝えしてありません。――全体のご印象はどうでしたか。

奥田英朗(以下、奥田) : 最初に言っておきたいのは、この新人賞は選考委員が2人というのが1番の特徴なんですね。それで、角田さんと僕がやったわけですが、僕が引き受けた理由は、恐らく僕たちと同じ文化圏の書き手が応募するだろうということだったんです。そういううぬぼれがあったんだけど、読んだら、全然違うからなあ(笑)。

角田光代(以下、角田) : ちょっと漠然としていて方向性がまだないですよね。だから、第1回で面白いと思いますが。頑張って読みました(笑)。書く人も方向性に悩んだのかなという印象を受けました。書き急いだというか。自分というものをどう扱うのかということと、構成をしっかり考えてほしいと思いました。

奥田 : 自分の体験したことを書いているんですね。もうちょっと客観的に書くことによって小説の深みが出るんですが。要するに、作者は引っ込んでいろというのが全体に言えることなんですよね。あなたがどう思おうが、読者は興味がないんです。読者の求めるものは、作者の考えじゃない。それだけは、くどいくらいに言っておきたいですね。他人に対する興味なんて、人間はほとんどないんですよ。だから、その中で面白い登場人物を生み出さねばならない。
全部について言えたのは、魅力的な登場人物の乏しさですかね。共感できるキャラクターがいなかった。小説は、やっぱり登場人物なんですよね。人物描写があまりにもないがしろにされているというか。人物造形を考えてやっていただかないと。

――ペンネームやタイトルにひっかかることはありましたか。

角田 : 受賞したら「変えたほうがいいんじゃないですか」と言おうとは思う人はいました。でも、ペンネームがおかしいから落とすということはないですけど。

――ちょっとセンスに疑念が入るという部分は?

奥田 : 大いにありますね(笑)。

――では、1作ずつお願いします。お渡しした資料の順番、応募順になりますが「必殺!いまし目小僧」について、奥田さんはどんなご感想ですか。

奥田 : 発想は素晴らしいですね。こういう発想は僕にはないものだから、よくこんなことを考えつくなというのが第1印象です。これはほとんど奇抜な発想が全てだと思う。この作品の価値の8割ぐらいあるのではないかと思います。ただ、他の部分では言葉遣いとかが乱暴なんですよね。一言で言えば、漫画の原作みたい。
あと、多分にご都合主義があって、突然体を鍛え出したりして、その理由が述べられているんだけど、その理由に説得力がちょっと欠けているかなあと。あと、テーマソング出てくるでしょう? これはどうなんですかね(笑)。

角田 : 手書きでコードも書いてありますね。

奥田 : まさに、映像的なものを最初から意識している人なのかなあって。ただ、ご自身だけでウケているという感がなきにしもあらずで。

角田 : 私もとても似たような印象でした。この作者は「いまし目小僧」というキャラクターを最初に思いついてしまって、「これは面白い」と思って頑張って書いたと思うんですよね。アイデアに文章がついていかなかったなという気がします。
世の中をよくするために悪い人をまとめて殺さなきゃいけないという論理を、小説の中で貫き通すのにはものすごいテンションというか、文章の狂気が必要だと思いますが、その狂気を最後まで持ちこたえられなかったかなという気がするんですね。多分作者はすごくいい人で、小説の中であっても、悪い人なら殺していいのかという倫理と最後まで戦い続けているような気がするんですよ。「いや、何かルールが必要だ」というのを一生懸命考えた気がして。でも、小説の中なのだからもっと倫理を壊してもいい。物語が完結していれば。
でも、そのためには人を殺す意味とかをもう1回考え直さないと、ちょっと難しくなっちゃうとは思うんですよね。

奥田 : どんな悪人を出しても変なのを出しても構わないけど、理解できなくても説得力というのがまた別にあるわけで、もう少し周到に書き込まないといけないね。でも、出だしは面白かった。

角田 : 私もそう思いました。

奥田 : 出だしは、すごいことを書く人かなと。ものすごく文章が高いというか。あと、「いまし目小僧」というネーミングが秀逸だと思います。勢いだけで100枚読ませるというのは、ちょっと難しいんでね。この人、次からどういうのを書くんだろうなと思うねえ。

photo――もう1回読んでみたいというところまでは、まだいきませんか。

角田 : アイデアがあって、先行してしまったというのは、逆に考えれば、テーマを決めて構成を考えて、そしてアイデアという順番にしていけば、かなり整理できると思うし、やっぱり最終選考まで残ったというのは、力があるんだと思うんですよね。だから、私はもう一度読みたいと思います。

奥田 : 筒井康隆とか、その辺の影響を受けているのかなあ。漫画の編集者になったら面白いかもしれない。原作者とか(笑)。

――では、次の「白雲の彼方へ」。

角田 : この人は、目の付け所が素晴らしいし、設定も面白いと思ったんですね。資料も、この人なりにすごく読み込んで書いたんだろうなと思うし、話としてはまとまりがあると思いますが、何か盛り上がりがないというか。この時代って、時代が変わっていくかもしれない、自分たちが変えられるかもしれないという興奮があったと思うんですよね。それをもっと伝えてほしかった。ちょっと行儀がよすぎたのかなという気がします。
もうちょっとしなやかに柔軟に書き込んだら、ドラマティックさというのが出てきたと思います。

奥田 : 司馬遼太郎のファンだと思いますが、時代小説はお行儀のよさが読者から期待されるんですよ。わりとステレオタイプの主人公とか、勧善懲悪が好まれるような、そういうところがあるので。それは、私はそんなに気にならなかったです。むしろ、時代小説はきっと直球勝負がいいんですよ。私は、そんなに読みませんが。

角田 : 私、2冊しか読んでないんですよ(笑)。

――ちなみに、その二冊というのは。

角田 : 1冊は有吉佐和子さんで、もう1冊は『小説現代』の応募作。だから、正確には1冊です。

奥田 : でも、人気時代小説家はみんな直球勝負だし、ひねちゃだめなんですよ。だから、この人は正しいと思います。

角田 : あっ、そうなのかあ~、はい。

奥田 : と思います。まず、出だしで戸惑いますね。視点がバラバラで。登場人物が多すぎる。この枚数でやるんなら、もっと絞ったほうがいい。恐らく作者は、高齢の歴史好きな方ですよね。実を言うと、私が1番引き込まれたのは、これです。特に後半部分はグイグイ入っていけたし、文章に変な癖もないし、知識も豊かというか、筆力が安定しているんですよね。最大の欠点は、クライマックスのシーンがまるでシナリオのト書きなんですよね。ここから逆算して、なぜ書かなかったのか。ここを最初に書いていれば、前半バッサリ切れるし、登場人物4人の青春群像みたいなものになる。だから、これだけの知識と構成力が、何ともったいないことをしたんだろうと。これはきっと史実ですよね。こういう歴史上の人物を見つけてきて、書こうと思った時点で、例えば浅田次郎さん辺りだったら完全に勝利宣言をしちゃうわけです(笑)。「勝った、ベストセラーだ」。映画にもなるし、舞台にもなるからね。それくらいのいいものを捜してきたんですね。コウサイとヨイチロウ、あとシマ? 皆さん、名前にはルビを振ってください(笑)。
僕はぜひ、この題材で400枚ぐらいのものに書き直したらどうかという提案をしたいですね。本当に、いかにももったいない。私は、この題材があったらいただきますね。

角田 : 私は時代小説に全然詳しくないですけど、こういう歴史に埋もれた人を見つけることが既に才能の1つではあるんですよね?

奥田 : だと思いますね。

角田 : だとしたら、やっぱり面白い作品です。でも、何かメリハリみたいなのがあまり感じられなかったのですが、メリハリはあったほうがいいですか。

奥田 : あったほうがいいですね。やっぱり時代小説の難しいところで、事実関係をどうしても説明しなければならないんですよね。その部分で物語が停滞するんですよね。だから、そこをどうするか。まあ司馬さんだって、いきなり「私」が入って来て語り部になっちゃうけど(笑)。

角田 : これは読後感がいいじゃないですか。最後を更に感動的にすることは可能なはずですよね。

――では、次の「波風」はいかがでしょうか。

奥田 : これは、角田さんの世界じゃないですか(笑)。自分のことを書いているんだろうなというのがありありとわかって、そうすると、次にどうするんだろうということを考えるんですね。女心を綴るのは芸が要るわけですよ(笑)。一言でこれはセンチメンタリズムですよね。しかし、作者の感傷なんですよ。主人公の感傷ではなくてね。作者の感傷に、なぜ読者が付き合わなければならないのか。厳しいことを言うようですが。私は、真っ先にそれを思ってしまったんですね。この人は、実際に看護師なんじゃないかな。
文章はちゃんとしています。最終選考に残っただけのことはあります。ただ、もう少し言葉を的確に1つ1つ書かないと。
自分から一旦離れて小説を書いてみてほしいですね。作者に読者がどれほど興味を持つかというと、持ちはしないわけです。私にだって、持たないですよ。どんなベストセラー作家でも、エッセイを出したら売れない。やはり、そこで作者は我に返るわけですよ。「あっ、皆俺になんか関心ないんだ」という。そういう経験を積んで、だんだん客観的になっていくわけですよ。

photo角田 : 文章がものすごく達者だと思いました。それで、30代後半の何にもしてこなかった女の人の姿というのが、本当によく書けていると思うんです。それは、ひょっとしたら作者自身が思っているからかもしれないけど、小説の中にそれはすごくよく出ていると思います。この主人公は人生に波風を立てることができなかったという女じゃないですか。この小説も、異様に波風を立てることを恐がっているんですね。

奥田 : ああ、そうだ。

角田 : だから、小説までものすごくこぢんまりと、ちっこい料理を乗せたような感じに思えちゃうんですよ。
私は、この人が文章はすごくうまいんだけれども、聞き慣れた言葉というのをするりと使っているのではないかなという気がしました。だから、他人のどこかで見聞きした言葉を削いで、もう少し主人公に自分にはできないことをさせてみたら、もっともっといい小説になると思うし、この人はひょっとしたら書けるかもしれないのではないかと思いました。

奥田 : 自分を投影するのは構わないんだけど、書いているうちに手放さないとだめなんですよね。最後まで自分の傍に置いちゃったという。

角田 : そうですねえ。

奥田 : 自分の気持ちを言いたいばかりに、登場人物を枠にはめてしまった。

角田 : 逆に、リアリティはありましたよね。

――次は、「アイ・シー・ユー」ですね。

角田 : 「アイ・シー・ユー」は、途中まですごく面白くて、文章もこの人もとってもうまいと思ったんですね。ミステリー仕立てになっていて、ちょっと面白いなと思って私は途中まですごく乗って読みました。
作中でインタビューみたいになっているところも面白いんじゃないかなと思ったんですね。それで、四章から語り手が変わって若い作家の語り口になるけれども、それもそんなに無理はない。でも、どうなるのかなと思って読んでいくと、ありがちな設定になってしまって、後で覆されるにしても、どうしても弱いかなという気がするんですね。
「入院をきっかけに2人は知り合って何らかのきっかけで2人でポルノ小説を書くようになった」という文があるのですが、その「何らか」のところを書かなくてはいけないと思うんです。「ここは書かなきゃだめだよ」というのが割りと大きくくくっているような気がしたんですよね。途中まで面白かったので惜しいなと思いました。主人公の名前とタイトルをそこまでひっかける意味は正直わからなかったんですね。

奥田 : 肝心な部分を逃げているというか、ご都合主義でやっているというか、「いままでたくさんの写真を撮ってきて、その人たちの撮影では感じられなかった違和感がその作家にはあった」という部分で、それで、済ませていいわけはないんです。それをもっとちゃんと描写しないと、この作家がなんでこんな違和感があるのかというね。それをもっと会話の中で匂わすとか、わからせるとか。読者にも納得させなければならないわけですよ。
業界をいろいろ描写するのでも、やっぱりリアリティを大事にして欲しいですね。我々がよく知っている業界だけに違和感がある。
インタビューの場合でも、ポッと来たインタビュアーに自分の心情を吐露するかというと、しやしないから。そこで、相手の心を掴むもう1つのエピソードがないと、「わかりました。じゃあ、あなたに話しましょう」という展開は厳しい。
途中から2重構造になっている話というのは面白いんじゃないでしょうか。

角田 : 他の方にはない工夫があると思います。インタビュー形式にしてみたり、語り手を変えてみたりという構成を他の人があまりやっていない中で、この作者はやろうとしたのではないかと思います。ミステリー風なものを書こうとしたと思うんですよ。難しいんだなと思いましたが、でも、それをあえてやろうと思ったんだろうなというのは評価します。

奥田 : あと、動機づけの部分で、依頼されてインタビューに行ったというのではなくて、もっと別の動機が欲しかったですね。
角田 そうですね。自分1人が知りたかった、で、十分ミステリーは成り立つし。「面白いかも、ミステリーになるかも」と思ったときに、方法論はあまりわかりませんが、100回ぐらいつついてみて、煮詰めてほしいですね。

――次は、「キラー」です。

奥田 : 老人と少年が心を通わせるという話は、悪くはないわけですね。ただ視点がバラバラなのね。神の視点で書いているのかどうなのか、全くわからないんですね。
「感じたこともない気持ちになった」という、これはまずいですよ。どういう気持ちなのかを書かなきゃならない。
大事な場面をちゃんと書いてないという、それが1番気になったところ。クライマックスになるところを、いかにも淡白に書いてしまった。

角田 : 私も同じで、人称が統一されていないので、このセリフは誰が言ってるの? という部分が多かった。キャラクターもうまく統一できてないし、あまり書くことに慣れてないのかなあという気がしますね。
ただ、おじいさんと子供、バッタの死を介して老い先短いおじいさんと、未来のある子供という図式はとてもいいと思うので、いい話にしようと思えばいくらでもできることだと思うんですよね、その未熟さをカバーすれば。それで未熟さをどうしたらカバーできるのかというと、たくさん書くしかないので、同じ設定で構わないから、たくさん書いていったら、いつか人称も統一するだろうし、キャラクターも統一してくるだろうし、いつか書けるかもしれない。別に絶望することもなくて、統一していけばいいだけの話ですから。

奥田 : そうねえ......、あまり擬音は入れないほうがいいですよ、「ガチャン」「キー」とか。こういうのを入れるというのは、マンガの世代なのかなあ。

角田 : ひょっとして初めて書いた小説かもしれない。だとしたら、すごいと思いますよ。こんな枚数を書けるのだから。

photo――では「草葉の陰で見つけたもの」です。

角田 : 私はこの「草葉の陰で見つけたもの」が1番面白かったです。タイトルがまずよくないし、ものすごい乱暴な滅茶苦茶な話であると思います。小説として優れているかといったら、全くそんなこともないと思います。でも、これが1番魅力的でした。
まずさらし首が主人公というので、余りにも無理がある。途中で、この人は設定を変えて首から生きて歩いてというふうになるんだろうなと思いましたが、最後までさらし首のまま、その心意気がすごいと思いました。そして、さらし首のままやっていても、無理がない。作者の都合で無理やり押し切ったようなところが、あんまり感じられなかった。おとなしい女の子が接客するというのも随分無理がある話だし、この子の家庭環境みたいなものも随分類型的だなと思うんですけど、何とかこの人は1つの小説を書き終えたと、他の作品にはない感想を持ったんですね。世界観をこの人は作り上げたと思ったんです。
多分、この人は書いているときにさらし首になり切ったと思います。だから、読んでいると、音とか、視界とかにすごく忠実なんですよね。主人公になったら何が見えるのか、自分とは違う何が聞こえるのかということが、この人はできている。1番魅力的だったのは、この人本人は意識してないと思いますが、描写力がとても優れているところですね。夜とか、朝とか、雨とか、日暮れとかをさりげなく書くのが、実はとてもうまくて、すごく温度があって、湿度がある小説だと思いました。
最後は夢の場面で終わりますが、夢を終わりに持って来るというのはよくあるし、あまりいい終わりではないと思いますが、それでも私はこの最後の、お勤めを終えて帰って、飲み屋さんで1杯飲むという、その夢がものすごくきれいなシーンだと思ったんですね。ものすごい力がおありになったと思うんです。なので、最終候補作の中で私はこれが1番好きでした。好きというよりも、よかった。

奥田 : 私もよかったと思います。決して自分の好きなタイプのものではないんですが、まず語り口の素晴らしさですよね。特に出だしのうまさですか、4ページ目まで一気に読ませる。「俺は今きっと生きながらにして晒し首になっている」という、ここまで一気に読ませる。この落語的な語り口の上手さですね。この人の美点は語り口だと思います。ここでまず、読者をバーと引き込む、これだけで素晴らしいと思います。新人離れというか、練れているな。
途中の女の子の話に関しては、多少不満はありますね。もう少し面白くできるのではないかと。ご都合主義もありますが、やはりさらし首の視点で描ききったという素晴らしさと、あと、何か花みたいなのが伸びてきてやっつけるというような山田風太郎張りの面白さですね。僕は、もっとエスカレートしてもよかったかなと思う。ベースがあるから、もっと要求できるんですよね。うまい人には気を使わなくてもいい(笑)。

――奥田さん、ペンネームはいかがですか。ホンダトオルと読みますが。

奥田 : 普通の名前がいいと思うなあ。タイトルも変えたほうがいいと思いますね。いくつですか?

――20歳です。

奥田角田 : 20歳!?

奥田 : これは素晴らしい才能ですよ。

角田 : すごい力のある人ですね。

奥田 : 文章の上手さというか、無駄がないし、勢いもあるし、てっきり投稿の常連者かと思いましたねえ。

角田 : 「ロウソクが少しずつ溶けていく音すら聞こえそうな静寂」とかね、思いつかないですよねえ。

奥田 : うまいねえ。まあ、さらし首というのは、多分、5日ぐらいで白骨化するだろうけど(笑)。

――間違いなくそうでしょうね。

角田 : でも、意外でした。一緒で嬉しい。

奥田 : あっ、そう?(笑)。

――最後は、「影踏み」です。

奥田 : この人も、やはり作者像が想像できるんですよ。「波風」と似ていると思いますが、多分、40歳独身女性、多分、それに近い人ですね。
ストーリー以前に小説のルールとして、裁いてはならないというのを言っておきたいです。言いたいことはぐっと堪えて物語にするというのが小説の基本的な作法なんですね。
細かいことで言えば、登場人物をどんどん削っていったほうがいいですね。重要でない人は男とか女とか、あだ名とか。名前をつけると印象に残るから、いきなり「満室」になっちゃうんですよ。
この「波風」の作者と、「影踏み」の作者にぜひ言いたいのは、自分じゃない人をまず書いてみてほしいということ。自分から書くと、その先、どういう引き出しがあるのか、こっちもわからないから、自分の引き出しがあるのは、それは最後まで取っておいたほうがいい。氏素性を明かされなくても、読んで容易にわかるんですよ、自分のことを書いているというのが。自分を誰か他人の視点で描くとかね、この主人公は絶対に自分だから、そうすれば、自分がどう見られているのか、客観的に描ける。

角田 : 褒めるとするならば、私はこのお役所内のいざこざという小ささがすごく面白かったし、こぢんまりした世界の中のちまちました意地悪をするというのは、この作者にしか書けないことかもしれない。ただ悪意と洞察力を混同しているという印象を受けましたが。
だから、この世界の話でも、自分が主人公じゃなければ小さい世界の小さいいざこざを書いても全然構わないと思うし、それを面白くできる人なんだろうとは思いますが、私がこの作品で1番ひっかかったのは、最後に「影踏みの鬼など結局は敗者の役割」というのがあって、それがこの小説の肝というか、どんでん返しみたいなことになっていますが、では、「敗者とは何?」とこの小説に聞くと、正社員ではないということになってしまう。その概念はどこから持ってきたのかと、疑問を感じてしまって。これが勝ち負けであるみたいなことを世の中が言っているのだとしたら、それにアンチを唱えることからしか、小説と言うのは生まれないと思うんですね。社会的立場が本当に勝ち負けでいいんですかというのを、聞きたいですね。

photo――それでは、第1回「小説宝石」新人賞にふさわしい作品として、ご推薦いただければと思います。

奥田 : 選ぶとしたら、「草葉の陰で見つけたもの」しかあり得ないです。20歳というのを聞いたときに、もしかしたらすごい作家になるんじゃないかという期待感を持って、私はこれを受賞作品におします。

角田 : 私も、もちろんそうです。ただ、タイトルを変えたほうがいいかなと思います。ペンネームは、読みやすいほうがいいのではないかと思います。自分の損になりますよね、読みにくいと。

――では、「草葉の陰で見つけたもの」本田十折さんを、第1回の受賞者としてよろしいでしょうか。

奥田角田 : はい。

奥田 : あとは、山上籐吾さんの「白雲の彼方へ」、これは400~500枚の長編に直すということに、ぜひチャレンジしていただきたいと思いますね。

――このままでは、奥田賞には至らないですか。

奥田 : これだけの素材を見つけてきて、114枚で発表してしまうのはもったいない。ここで1回発表しちゃうと、使えないですから。

――角田賞の該当はありませんか。

角田 : 角田賞は「草葉の陰」で。

――ダブル受賞で(笑)。

角田 : すごく変わった小説だけど、この2人が「すごい」と言うのだから、本当にすごい才能の持ち主なんだと思います。

――今回は、1本にまとまってよかったと思います。本当にありがとうございました。

第1回小説宝石新人賞 大田十折〔おおたとおる〕(本田十折改め) 草葉の陰で見つけたもの