第5回小説宝石新人賞 最終選考 [完全載録]
第5回を迎えました小説宝石新人賞。応募総数1198編から一次選考、二次選考を経て、昨年に続き、藤沢周さんと三浦しをんさんによる最終選考会が開かれました。白熱の議論のなか、お二人が大絶賛する受賞作が生まれましたーー|撮影・都築雅人 藤沢 周×三浦しをん

最終候補作品 応募総数1198編 * 梶原幸治 「ランナーズ・ハイ」 * 斎藤亮 「江戸の琉風」 * 佐久間直樹 「じゅうごの夜」 * 志野悠 「さねよき鎧」 * たきたて 「炎魂」 * 梁瀬英徒 「羽が生える」 ※作者50音順 選考委員のお二人には、タイトルと名前のみ書かれた表紙でお送りしました。年齢、職業など、一切お伝えしてありません。

――今回は最終選考に6編残りました。作者名の五十音順で、まず「ランナーズ・ハイ」から講評をお願いします。

藤沢周、以下藤沢 : これはBにします。

三浦しをん、以下三浦 : 私もBです。

藤沢 : 文章を読んでいると、芥川賞を取った西村賢太さん的なところがあるんですよ。自己を客観化して、戯画化するみたいなことをやっている。だが、似て非なるもの。
読んでいると、サド的主人公のこれでもかという残酷さがあって、あまりにM役のチョコちゃんがかわいそう過ぎる。それをどう反転させるか。つまり、主人公を破綻させる方向にいくんだろうと思ったら、ラストは予定調和的だった。ショーウィンドーに映る男、要するに自分自身を見て急に内省的、思索的になったりして、「こんなキャラクターだったっけかな?」と思った。物語に断層があるんですよね。だから、もっと毒を出すと同時に主人公を破綻させてカタルシスがあったらと思いました。

三浦 : 私も文章はすごく上手いなあと思ったんですけど、主人公が不愉快なやつなんですよね(笑)。その不愉快さが魅力になるという作品も当然あると思いますが、この作品の場合はそこまで突き抜けてないかなと思いました。
チョコちゃんがものすごく不細工でモテそうもない女だから、主人公の男がぶったり蹴ったり、ひどい意地悪をするということですが、こういう男の人は誰と付き合っても同じことをすると思う。だから、チョコちゃんをわざわざこういう人物造形にする必要ってあるのかなと思う。
最後でチョコちゃんの心情が語られて少し救われる部分もあるんだけど、中途半端なんです。「チョコちゃんもチョコちゃんだよ」と思う。どういうところを読者に伝えたかったのかなって思ってしまった。

藤沢 : いわゆるSMの構図で、チョコちゃんはMの側で描かれる。ところが、実はSMと言うとSのほうが力をもっているようで、Mのほうが力があるじゃないですか。そういう面が出てくると、もっと面白くなると思う。

三浦 : 例えば、私だったらチョコちゃん目線で描く気もする。もしくは、いま藤沢さんがおっしゃったように、ものすごく不細工な女がSで、主人公が虐げられているという作品にして、何とか女を誰かに押しつけたいみたいにしたいですね。

藤沢 : なるほど。そのほうがよほどいい。

三浦 : だけど、読んでいてすごく物語に入っていきやすい。情景とか、まちの温度みたいなものが感じられるし、登場人物たちに魅力がないわけじゃない。自分の付き合っている人を誰かに押しつける、みたいな発想も面白いと思うんだけど、それをより活かす配置があってもいいなという気がしました。

藤沢 : 最後は泣かせる、いい話に落としているところがもったいないですね。もっと主人公をいじめていいんですよね。

――次に、「江戸の琉風」をお願いします。今度は三浦さんからお願いします。

三浦 : 私は、B+ですね。

藤沢 : B+です。

三浦 : ちょっと異国風な人たちが江戸の町にやって来て、町が活気づく感じがすごくよく出ていて、読んでいて楽しかった。
ただ、冒頭の部分で江戸のどこの町なのかというのにさり気なく触れていてほしかったですね。あとから芝の増上寺近くというのがわかるわけですから。具体的な風景描写などはあとにまわすとしても、さり気なく地名に触れると「あ、そうなんだ」と物語に入りやすくなると思います。
あと、お雪の外見描写が、もう少し必要だと感じました。小柄であるという以外に、もうちょっと上運天さんから見たお雪がどんな格好なのかというのはあっていいと思います。それは、二人のほのかな心情の交流が大事な主題であるから、なおさらどう見えたのかというのが必要だと思います。

藤沢 : 僕も同じような意見ですね。お雪のキャラ、外見の描写がほしい。「剣豪」というゲームがあるんですが、小さい女の子が出て来て、町民とか武士とかが現れるんです。そのキャラクターのイメージ。同時に、池上永一氏の『テンペスト』という話題になった作品に影響されたのかなという気がします。
それと、ストーリー展開というか、プロットをもっと練ってほしいと思いました。例えば、上運天が増上寺で迷ったときにお雪と偶然会うでしょう。このあたりはもう一工夫、二工夫あってもいい。自分の都合のいいストーリー展開を頭にイメージして、それを追っていく感じがある。「こんなところで都合よく会うの?」というのがもったいない。もう少し考えるべきだろうなと思いますね。
この作品では淡い恋愛があって、それから異国情緒もある。あと、職人たちの矜持、あるいは琉球の人間であるプライドみたいなものも出ている。そして父親と、また三線への関わりみたいなものがあったりして、なかなかいいんです。ただし、余りにもきちんと納め過ぎると、それはそれで「あっ、まとまったなあ」で終わるんです。

三浦 : ちょっと盛り上がりに欠けるように思えてしまうかもしれないですね。スムーズに進み過ぎるがゆえに。

藤沢 : 泣かせどころとか、あるいは小さな感動をもたらす部分では「ポイントを押さえているな」とは思いましたが。

三浦 : 将軍様の御前で無事に演奏をやり遂げますが、そこをもう少し見たかったような気がします。どんな出し物だったのか、それを見た武士たちの反応はどうだったのか、ということを知りたい。まあ、それぐらい上運天さんに魅力を感じたからそう思うんですけど(笑)。

藤沢 : そうだね。三線についてもいろいろと調べてるんだけど、どのように上運天が奏でるかというところですね。琉球の風、琉球の海のリズムみたいなことを表現する。その辺が出てくるといい。描写と、あとストーリーのちょっと都合のいいところを改めるところがあれば、結構いろいろなことを考えつく人ではないかなと思いました。

三浦 : 確かに、いろいろな題材を自在に調理できる感じがしますよね。薩摩と琉球と将軍の関係みたいなものをちゃんと踏まえているし。説明チックになり過ぎてないし、そういうところはいいですよね。

――では、「じゅうごの夜」をお願いします。

photo藤沢 : 藤沢 これは、A+。見事な人間讃歌だと思いましたね。もうプロと言ってもいいと思います。新人の作品を読んで感動を覚えるということはなかなかない。もちろん、こっちも選考する側ですから距離を持って冷静にと思っていますが、結構入り込んで感動しました。
ディテールが描けているということと、あとプロットに派手な展開はないんですが、それがうまく読者に少しずつ染みてきて、心に響かせて泣かせるというのができている。要するに観察ができているんだと思います。そして、それぞれのキャラクターに抱えるものがある。優しさ、あるいは闇や、辛さを抱えていたり、そういうのが滲み出ている感じですね。尾崎豊の「15の夜」に寄りかかり過ぎというのがあるかもしれないけど、これはいいと思いました。

三浦 : 私も、これはAです。今回Aにしたのは、この作品だけです。すごく上手いし、いい話だなあと思いましたね。語り口は割と淡々としているんですが、主人公が「えっ、そんな状況になっちゃうの?」というところに変転していって、それとともにいろいろな人と出会って心の深まりもある。
構成がどうこうとかいう問題ではなくて、やはり作者の中からあふれるように物語として湧き出てきた作品だなあと思った。企んで書いているとか、そういうことではなく。もしかすると、すごくお考えになって最初から構成を綿密に立てていらっしゃるのかもしれないけど、そういう跡が全く感じられない。作為が感じられない。それぐらい上手いし、心に染みる話だなと思います。
あと、物語に客観性がある。主人公もそうだし、主人公を眺める作者にも客観性があって、「15の夜」を替え歌する部分、私も思わず入れ替えて歌ってみて「ほんとだ、全然しっくりこないわ」って思う(笑)。主人公が尾崎豊に共感できないことで、かえって尾崎の天才性を思い知るというような、その辺の書き方のバランス感覚もいいと思いました。
例えば出てくるギターも、読みながら「どんなギターなの?」と検索せずにはいられない。それぐらい引き込まれました。それから、こんな会社って本当にあるのかな、こんな仕事は面白そうだなと思ったり。
ただ、最後の部分は必要なのかな。もうちょっと他の方法があったんじゃないかと。

藤沢 : 主人公が飛行機から、谷岡さんが旗を振っているのを見る場面だね。

三浦 : ここで、一緒に飛行機に乗っているでっかいサングラスをかけた女の子が、「お知り合いの方ですか」と声をかけてきますが、これはちょっとやりすぎじゃないかな。すごく一生懸命旗を振っている人がいたら、それを揶揄して「こわ~い」なんて表明しないと思う。

藤沢 : 多分、作者としては恐い、キモい、「何、あの人?」という人が一方にいる。だけど、主人公は「谷岡さんの抱えているものは全部わかるよ。君らみたいな若い人にはまだわかんないけどね」というような部分も出したかったんでしょう。

三浦 : そうですね。ただ、女の子たちが話しかけてくる必要はない。あの子たちは恐がっている。だけど、おまえらに何がわかる、みたいなことでいいんじゃないかなあ。それまで割とシニカルな部分があるけど、実は性善説に基づいて人物描写がされているので、最後がちょっとあざと過ぎるかなあと思いました。

藤沢 : この物語は性善説に基づいて書かれている人間の優しさがあるよね。何だかんだ言っても皆悲しみを抱えて、それを乗り越えようとして、人を愛している。これを、小説で書こうとするとすごく甘ったるくなったり、自己満足みたいになりますが、ちゃんと物語として読ませる。そこが見事。逆のものをテーマとして書くんだったら、幾らでも書けると思うんです。

三浦 : 例えば、落差を強調するために、東京の会社に残っている部長代理のような人たちを、もう少し嫌な感じに書くことに陥りがちだと思うんです。この作品ではそうではなくて皆それぞれの立場で精一杯なことをしようとしている。実際の社会でも大半の人はそういうふうに行動していると思いますし、リアルだなあと思います。
あと、御飯が美味しそう。そういうことに神経が行き届いているなと思いましたね。鰈の煮付けは卵が大きいほうが欲しいなと思うとか、そういうところもすごく上手い。

藤沢 : ここはよく書けている。アマチュアとは思えない。

――次は、「さねよき鎧」をお願いいたします。

三浦 : 私は、Bですね。

藤沢 : 俺はB+ですね。

三浦 : 鎧というものに絡めての、伊助の成長譚が素敵だな、と思いました。いろいろな登場人物に共感して読めるし、山道とか、樹林を歩くとか、山賊が襲ってくる感じとか、いいと思う。ただ、なぜかちょっと地味かな。
あと、最後の説明が、幾ら何でも素っ気なさ過ぎる。潔い終わり方と言えるとも思いますが、こんな素っ気ないあらすじみたいなものを最後につける必要があるのかな……。それだったら例えば、伊助は後になって武士の消息を聞いたのであった、みたいな感じで終わってもいいんじゃないかと思う。

藤沢 : 地味とおっしゃいましたがそのとおりですね。いま一つ盛り上がりに欠ける。何か藤沢周平さんの渋い作品のイメージがあったのかもしれませんが、もう一つぐらい盛り上がりがあってもいいのかなと思いました。文章も端正だし、鎧師に関する資料も一通りフォローしている。それを説明ではなく、きちんと物語に織り込むようにしている。その部分では安定していると思います。
人の抱える背景みたいなものがさり気なく書かれていた。武士、鎧職人、それに盗人も出てくる。いろいろな人種、仕事、あるいはいろいろな階級が出てきて、それを客観的にずっと達観して見ている味噌を造るばば様の言葉もある。それぞれの、その当時にいた人間たちのバリエーションは押さえようとしているんだろうなと思いました。
だから、一生懸命に書いていて結構いい作品に仕上がったなあと思いますが、どこかしら、もう一工夫、もう一つ盛り上がりが欲しい。伊助がちょっと冒険して痛い目に遭うだの、何かしらあってもいい。

三浦 : 鎧を依頼してきた武士が、実は死ぬつもりだったんだという部分は、もちろんこのままでも十分に描けていますが、それが判明するところにもう少し盛り上がりを持ってくるとか。そして、「そうだったのか」と察することで伊助自身も、やはり自分はこういう人がいるからこそ鎧の道を行こうと決意する。その武士がどうなったかわからないけど、自分は兄弟子と一緒に歩いて行く……というところで終われば、もうちょっと納得した気持ちになったと思います。

藤沢 : 確かにいろんな人物が出てきますが、これは職人、伊助が主人公ですから、そこのところに焦点を当てて書いたほうがいい物語になるかもしれませんね。

三浦 : 人物が多過ぎるとか、とっちらかっているという感じはなくて、むしろいろいろな人がいるほうがこの時代がよりわかるので、そこはいいのかなという気がしますけど。なぜか盛り上がりに欠けるように見える。

藤沢 : 本当に一ひねり、一つのツイストでいいんですよ。とても奥行きのある話になると思うんだけどなあ。

三浦 : 最初から最後までを貫くアイテムみたいなものが欲しいかもしれないですね。例えば、味噌とか小道具が。「携帯食としてお持ちくだされ」「ありがとう。さらば」みたいな。そういうすごく簡単なことでいいんだけど、何かもう一つ必要なのかもしれないですね。

藤沢 : 伊助は武士に憧れて木刀の素振りをするんですが、本当に侍になると言って、そこでちょっとした事件が起きたり。まあ、喧嘩でも何でもいいんですが。そのときに本当に自分にとって大切なものが、ちょっと心の中で芽生えた。それが伏線になって、作品をひっぱっていくといい話になるんだけど。

――では、次にいきます。「炎魂」です。

藤沢 : ちょっと中上健次が入っているのかな。あるいは『JIN―仁―』とか、宮崎駿とか。変な廓街に行くじゃないですか。そのあたりはいいのだけど、まずはもっと整理したほうがいいだろうと思いました。僕は、これはCだったんですね。「ぬい女」に入って過去へワープしていってというふうなところはとても面白くて、女郎屋の話なんか魅力的だなと思いますが、必然性のないキャラクターが結構出てくる感じがする。もうちょっとイメージを練って、本当に必要なキャラクターなのかどうかを考えたほうがいいと思いました。結局、自分の中でイメージを鮮明化させること。そして、何をモチーフにするか。テーマは後で考えればいいことですが、グッと煮詰める作業があったほうがいい。

photo三浦 : 私もCです。エネルギーはすごく感じられると思ったんです。だけど、ちょっと突っ込みどころが多いんじゃないかな。
まず、主人公の純佑の性格からしてよくわからない。はぐれ者みたいな感じで始まったのに、あとのほうでは好きな高校の同級の子に対して、割と素直に身を引いたり、何かちょっと違和感がありましたね。
もともとの時代がいつなのか。現代なのか、第二次世界大戦後ではあるけれども、いまよりは随分前みたいなことなのか、そこからしてよくわからない。「乳隠し」って出てきますが、「え、なんでブラジャーじゃなく乳隠しなの!?」とちょっと驚いた(笑)。
それから、風景とか建物の描写もわかりにくかった。現在と過去が行き来する部屋とか、間取りがいまいち浮かんでこない。ディテールもわかりにくいところがあると思いました。

藤沢 : 「首に下げた携帯電話を掴んでダイヤルした」という表現があった。携帯電話はダイヤルじゃないから、こういうところは神経を使わないと。

三浦 : そうですね。携帯があるということは、ほんとに最近の話ということですよねえ。

藤沢 : だとしたら、さっきの「乳隠し」のような言葉の使い方の部分も注意しないと。

三浦 : 江戸にタイムスリップしての話じゃなく、現代の描写で「乳隠し」ですからね。

藤沢 : アイデアというのはいっぱいあるんでしょう。それを、どう取捨選択していくのか。UNOが出てきてびっくりしました(笑)。この人はアイデアが浮かんで、それを全部使っているけど、むしろ練って削って、本当に残念だ、これはもったいないと思うけど捨てる勇気がないとだめじゃないですか。

三浦 : 確かに、もうちょっと整理したほうがいいような気がします。文章でも、冒頭から句読点が多過ぎるかな。ちょっと制御したほうがいい。私の考えで言うと、年を取るにつれ、読点が多くなる傾向がある。若いときは文章に体力があるぶん、流れるように滞りなく書けるはずなので、一概には言えませんが、最初からこれだとちょっと本人の文章にとってよくないんじゃないかと思うんです。作者の方は多分若いと思うし、溢れんばかりのイメージの奔流、エネルギーはすごく感じるので。

――では、最後の「羽が生える」。

三浦 : 私は、B-です。これも、読点が多過ぎるなあ。ブツブツ切れるような気がするんです。個人のリズムがあるので、大きな問題ではないんですけど、ご自分で音読してリズムを確かめたりしてもいいのかなという気がしますね。
あとは何で光作に羽が生えるのかがわからない。まあ、わからなくてもいいのかもしれないけど、幾ら何でも釈然としないというのがありますね。主人公の男女が二十五歳なのに現実感がなくて、まるで葛藤のない人生を送ってきたように読めるのも気になります。背中に瘤ができたら、すぐ病院に行くだろうという話で。熱がすごく出ていても病院に連れて行かないし、「幾らなんでも病院に行かな過ぎだ」というところが一番驚いた点ですね。何なんだろうなあ。光作のことをのろけたいという話なのかなあとか、つい思っちゃいました。
ただ、海辺の情景とかそういうのは、自分でも行ったことのある場所、長崎のあのあたりかなみたいなのが浮かんできたし、その辺はいいと思ったんですけど。
とにかくいろいろな意味で不思議な話だなあと思いながら読みました。

藤沢 : 僕は、これはCでした。この作者は自分の中で救われる物語みたいなのが最初からあって、それに向かって焦って書いている感じがする。そして「羽」がメタファーになっていない。じゃあ、メタファーとして何かというと、長崎なら原爆、バテレン迫害、さまざまなことがありますね。その祈りと犠牲の何かを表す「羽」なんだろうと思うけれども、そこまで届いていない感じがあります。
物語って、謎が最初にあって、それからストーリーがあって謎が解けていく。そこに、我々はカタルシスを覚えるんですが。この場合は読者のためのカタルシスではなくて、作者だけのもの。だから、三浦さんのおっしゃるとおり、ロマンスが書きたかったのかな。
光作が熱が出てウンウン唸ったりするのに、何かしらの理由があるはず。それは多分、死んだ子供たちの声ですね。昔の死んだ子供たちの声が聴こえてうなされているんだろうなと思います。ならば、それが救われる何かをもう一つ書かないと。羽が生えずに天上に行かないで済んだでは、何か納得できない。

三浦 : 光作も晴子も、羽が生えるのを阻止するためのアクションをまるで起こしてないんですよね。教会へ行きますが、信心があるとも思えない。何もアクションを起こしていないのにいつの間にか羽は生えないことになってよかったね、みたいなところがありますね。何で光作が選ばれて、羽が生えることになったのかがよくわからない。

藤沢 : 光作は昔から何かを見るとか、そういうのが伏線としてあったりしたらいいだろうなと思う。我々は、「あの羽って何だったんだろうな」とどうしても考えるじゃないですか。そのときに、こっちが無理やり考えてあげているような感じがあってね。それは、読んでいて自然に出てこないとダメだと思います。

三浦 : 光作のお兄さんがちょっと気持ち悪い感じに書かれているのもよくわからないですね。何かあるんだなと思ったら何もない。作者が男性なのか女性なのかわかりませんが、とにかく光作を持ち上げる、まるでプロモーションビデオに思える。

藤沢 : 光作の兄さんを、晴子は、ただ「何かが合わない」から気持ち悪いというだけ。読者は何があるんだろう、と思うけど、光作とは違うものを出そうと思ってこういう言葉が出てきたんでしょう。

三浦 : これは混乱しますよね。ここから新たなエピソードが始まるんだろうと当然思うので。でも、光作のプロモーションビデオだとしたら、輝く光作との対比として兄がいるのかなとも思います。

――以上で全作品です。「じゅうごの夜」がダントツの評価のようですが、それ以外の作品について、もう一言あればお願いします。

photo藤沢 : 「さねよき鎧」は、作者の方にそれなりのワールドができれば、地味な感じも魅力になるだろうと思います。

三浦 : 鎧について特に興味があるわけじゃないのに、読んでいると引き込まれる。人間関係の描き方も非常に繊細で、いいなと思います。ド派手に打ち上げる小説よりも、実はそういうもののほうが何回も読み返したり、新刊が出たら「あっ、出た」と思って手に取ることになると思う。そういう意味では、手堅くて上手いなあと思いました。ただ、新人の作品としては逆にワールドができ過ぎている、ということなのかもしれないですね。

藤沢 : 僕は藤沢周平先生の作品はあまり読みませんが、余りにも意識し過ぎているのかなという気もしました。だけど、鎧というものをモチーフにしてこれだけ書ける力があるので、頑張ってほしいと思います。いわゆる一般庶民の暮らしとか、思いとか、そういうものをさりげなく書ける人かな。

三浦 : 江戸の琉風」も、私は好きですね。華やかさもあれば、恋の予感もあって、読者を楽しませたいという意欲を感じます。多分二人は二度と会わないんだろうなというところも、時代物だけど、女子の琴線にも触れる気がします。

藤沢 : この人は、上手だと思いますね。資料に当たって、その資料から自分の物語にとって大事なものを抽出してきて書ける人なので、 プロになっても長生きするように思える。
片や「ランナーズ・ハイ」。僕はチョコちゃんがかわいそう過ぎと言ったけど、ほんとにかわいそうで読んでいられなかったぐらいです。要は物語とかストーリーではなくて、この残酷さのような面をしつこく延々と書いていけば、純文学としては生き残れるかも。

三浦 : ただ、そっちへ行くとしても主人公をよく書き過ぎると思います。やはり主人公も含めて残酷に描く。それは主人公が残酷ということではなくて、主人公にとって残酷な事態をも書くという意味。作者が主人公をもっと突き放して描くことができれば、この路線も大いにありだと思います。

――では、「じゅうごの夜」が受賞作ということでよろしいでしょうか。

藤沢 : 素直に、「ああ、読めてよかった」と感動した。これ、三浦さんがダメと言ったら、どうしようかなと思った(笑)。

三浦 : 本当に面白かったですね。主人公がカラオケで何を歌おうかと思った場面でも、「15の夜」を筆頭に、いろいろな固有名詞が出てくる。聞いたことがない曲であったとしても、上手く読者に伝える工夫がなされているんですね。その辺の目配りが、非常にバランスが取れていると思います。

藤沢 : これは最初、いまどこにいるのかわからない。「江戸の琉風」の場合は、最初に出したほうがよかった。ところが、こちらは非常に自然に読んでいって、忘れかけるころに出してくる。そのタイミングも上手いですね。

三浦 : 読者を引き込む間合いが非常にいいですよね。不思議なことに、この場合はどんな店で、みたいな描写がそれほど必要とは思えないんです。作品によって、情報を提示すべきタイミングってさまざまですね。
「じゅうごの夜」は、どんな構成なのか読後に咄嗟に分析できない。

藤沢 : この話を他の応募する人が書くとしたら、最初は山のシーンから書いてくるかもしれません。それだとしらけます。

三浦 : 確かにそうでしょうね。

――では、「じゅうごの夜」を受賞作品として決定したいと思います。ありがとうございました。最後に、全体の講評をお願いします。

三浦 : 最終候補に残る中には、「また次の作品も読んでみたいな」と思う作品が必ずあります。
そういう作品には、やはり「距離感」がある。主人公を単純に救うとかではなくて、距離感があって突き放す、いい意味での客観性を保持している部分がある。それが、物語のリアリティを生み出している気がしましたね。
今回の受賞作も、主人公はナルシストでは一切ありません。主人公は自分自身を当然大事にしますが、かといって作者が主人公に託して自己愛を出しているわけではないので、非常に共感できる。そういう作品に出会えたことが嬉しかった。

藤沢 : 他の方々の作品は、まず主人公と書き手の自分自身の距離感を大事にしてほしい。面白いイメージは絶対に思いつくものなのですが、単純にそれを使おうとは思わない。使ったがために物語が違う方向に行ってしまうこともある。話を練って、必要でなければ、削るぐらいの勇気を持ったほうがいいだろうなと思います。

三浦 : 登場人物は作者ではないし、作者の主張を代弁するために存在するわけではない。それを、どこまで徹底できるかというところに分かれ目があるのかなあという気がしました。小説に取り組むときの心構えとしては、作者自身の主張を出すなら弁解も何もなく出しきる。そうじゃないなら、登場人物をいかに作品の中で生きさせてあげるかを第一に考えるというのが大事だと思います。

――どうもありがとうございました。

第5回小説宝石新人賞 佐久間直樹「じゅうごの夜」