第9回小説宝石新人賞 最終選考 [完全載録]
「選考過程の見える新人賞」としてスタートした小説宝石新人賞も早や第9回。今年は新しい選考委員に山本一力さんをお迎えし、唯川恵さんと白熱の議論を繰り広げていただきました。応募総数948編から選ばれた作品は――。|撮影・都築雅人 山本一力×唯川恵

最終候補作品 応募総数948編 * 伊藤朱里 そとがわの獣 * 稲葉禎和 サクラ * 香月うたね つめたい太もも* くぼ田あずさ 「ふざけろ」 * 渋谷雅一 傷痕 * 木下真子 西北雨 * 風に舞う  ※作者50音順 選考委員のお二人には、タイトルと名前のみ書かれた表紙でお送りしました。年齢、職業など、一切お伝えしてありません。

――今回は最終選考に7編残りました。作者名五十音順で、まずは伊藤朱里さんの「そとがわの獣」からお願いします。

山本一力(以下山本) : これは「C+」。
端的に言えば、この主人公・朝子に若さを感じられない。このぐらいの思春期のころというのは、もっといろいろなことに興味深くて聡明なはずだろう。この子はちょっと老けているのに幼すぎる。
それにどうしてこんなタイトルにしたんだろうね。作者には作者の考えがあるんだろうけど、そこがまず大きなマイナスポイントだな。

唯川恵(以下唯川) : 私は「B」です。私も、いま一力さんがおっしゃったようにタイトルが合わないなというのはありました。
気持ちのいい物語ではないけれども、サイコテックなお話に、果敢に挑戦した意気込みを感じました。ただ、大きなところでふたつ、すごく引っかかりました。
まず、主人公のお父さんが生徒の女子高生に手を出して「最低な人間」ということになっていますが、お父さんにはお父さんの事情があるのではないかと思うんですね。お父さんは何も言い訳していないし、本当の状況もわからないままで、一方的に断じてしまうのは引っかかりました。
それから、夜と妹のまひるとの関係についても、まひるだけが被害者という感じもしなかったんです。近親相姦というのも、小説としてあり得る形だし、視点としてはすごく狭いように思いました。
あと、犬殺しから始まり、まひるへの暴力につながるわけですが、サイコパスのあり方としては少し違うのではという気もしました。納得できないところはいくつかありましたが、物語そのものは好きなタイプだったので「B」にしました。

山本 : 僕はやっぱり主人公の年齢と、この物語の背景が全然合わないと思う。「一体、この子は何歳なの?」と思い返すことが何度もあった。いい表現ももちろんたくさんあったけど、この物語のテーマが最後までわからなかったし、どうして、この子はこんなに鈍いんだろうと思ってしまう。

唯川 : 私も幼稚さを感じてしまいました。十五歳ぐらいの若い子が、わかったような口を利いているのに、つい反感を持ってしまったというか。

山本 : これぐらいの年の子というのは、夜兄みたいなタイプに弱いの?僕なんかは、最初から夜兄というのは嫌なヤツだなと思ってしまう。主人公は、ものすごくセンシティブな年頃のはずなのに、何で気づかなかったんだろう。

唯川 : なるほど。夜兄を嫌な男と思うのは男性の視点なんでしょうね。私はけっこう魅力的だと思ったんですよ(笑)。朝子がお父さんのことが嫌いなぶん、夜兄に気持ちがいったのは何となくわかったんですよね。

――次は稲葉禎和さんの「サクラ」です。

唯川 : 評価は「C」です。内容の前に、これはすごくページの不備があったので、まずそこは注意していただきたいと思います。
物語としては、何か大きく欠落しているということもなく、小説としても形を取っているという感じはしますが、やはり何と言っても肝となるのは、この死刑囚に対して読み手がどう心を寄り添えるかだと思うんですね。でも、私にはできませんでした。
死刑囚が悪夢を見る、などと書かれていますが、見て当然だと思うんです。この死刑囚は、被害者にも弟にももっと謝罪するべきだと思うし、どうしてもそこを受け入れられませんでした。

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山本 : 俺も「C」です。
まず、公人であるキャスターが死刑囚に手紙を書くなんてことがあるわけがない。キャスターといったら、世の中に自分の名前が通っていて、自分の名前に責任を持っている人間ですよ。そんな人が、死刑囚に手紙を書くということが僕にはとても理解できない。僕はニッポン放送の番組審議を八年やっているけれども、放送局の現場というのはものすごくシビアだよ。こんな甘いことを考えているヤツがキャスターをやっていたら、絶対に放送事故を起こす。
それと、死刑囚の恐怖心や、心の闇というのが全然伝わってこない。恐らく作者は、資料をたくさん読んでいると思う。でも、それはただ読み込んだだけであって、全然こなれていない。
それともうひとつ、姪が面会に来るけどそんなわけないだろう。だって、こいつのせいで一族は人生が滅茶苦茶になってしまったんだから。これはまったく容認できない。

唯川 : そうですね。やっぱり全部自業自得なわけだし、助からなくて当たり前、苦しんで当たり前という読み方しかできなかったです。死刑囚に心を寄り添わせて読ませたいなら、もっと努力が必要ですね。

山本 : 結局、これは最初から死刑囚とキャスターの交流という筋を作っているんだよ。その着想はいいんだけど、余りに強引過ぎる。だから、読んでいるほうが感情移入できない。
こういう小説を書くんだったら腹をくくらなければ無理だよ。そういうことで、俺は「C」以上は付けられなかった。

――次は香月うたねさんの「つめたい太もも」です。

山本 : これは、「B+」だ。 これは、上手にリードしてあげられる編集者なりがいたら、面白い物語になったと思う。まず題名がいいよ。「つめたい太もも」というのは何かゾクッとそそらせるんだよ。
設定もいろいろ面白いけれども、ちょっとこねくり回し過ぎているんだよね。祐介が同い年の女の子に飽き足らなくて、美羽という年上の女性に惹かれるのは男性としてすごくよくわかる。でも美羽を出したいがために、浮気調査という設定が出てくるんだけど、これが無理矢理に感じる。

唯川 : 私は「C+」です。
物語としてはとっても心地よく読めるんですが、やはり偶然が多すぎる気がします。特に、雪乃と恵子さんの依頼した人間が同一だったというのは、偶然にしてはきついなと思いました。恵子さんという捨てられた女性が復讐するのは女としてはわかりますが、雪乃の浮気調査は、ふつうは婚約する前に調べると思うんです。
あと、舞台設定が関西ですが、最初は標準語を話してた登場人物たちが急に関西弁になりますよね。そこはちょっと引っかかるので、最初から関西弁にしたほうが良いと思います。
タイトルは、私も色っぽくていいなと感じました。

山本 : 題名をどう付けるかというのは、本当にものすごく大事なことでしょう。特にこういう掌編のときには、題名に何を託しているのか、もしくは何を隠しているのか。

唯川 : そうですね。

山本 : ほかの題名には感じられなかったけれども、この「つめたい太もも」に関してはワクワクしましたね

唯川 : 終わり方も、もしかしたら再会するのかなと思ったら、それもないまま終わるところもわざとらしさがなくていいなと思いました。
ただ、やっぱり偶然が多いのと、この主人公よりも美羽さんの魅力とか、あっけらかんとしたお兄ちゃんとか、それからお兄ちゃんに振られた恵子さんの強烈さとか、最初のココロという女の子とか、周りが余りに個性的で、ちょっと本人がかすんでしまう感じもしましたね。

山本 : これだけ人物を造形できるのだから、この人は精進したらいけると思うけどなあ。

唯川 : 文章そのものはすごく魅力的で読みやすくて、書ける人だという感じはしました。
だから、小さなところを偶然とかに頼り過ぎないで書いたら、ストーリーとして面白い形をつくっていける人ではないかなという気はしましたね。

――次は木下真子さんの「西北雨(スコール)」です。

唯川 : 私は「C」です。
気持ちのいい小説ですんなり読めますが、何か小説として届いていないというか、辿り着いていないというか、物足りなさが残りました。
ストーリーそのものはシンプルで魅力的だと思うんですね。台湾に留学に行って、そこでひとりの男の子を好きになってという。シンプルな物語というのは気持ちよく読めて好きなんですけど、この物語には、台湾の描写が余りにも足りない。水餃子の店が出てきたりはしますが、もっと台湾の気候とか、湿り気とか、風とか、匂いとか、そういう肌で感じるものを加えてこそシンプルな物語が光ると思うんですよ。
また最後はここまでまとめなくてもいいんじゃないかなと思いました。

山本 : これは唯川さんと正反対で「A」です。その辺が面白いやねえ。

唯川 : ほんとですね。

山本 : 今回七本読ませてもらって、それぞれの物語の中で四十代の女性を等身大で感じられたのはこの一作だった。例えば、『「お変わりないね」と言われるのが褒め言葉になるような年代』という表現に、ああ、なるほど、そういうことなのかと。
それに最後のスコールの使い方もよかった。スコールと、かのこの心情をうまく重ねて描写しているなと。このスコールが描きたくて、舞台を台湾にしたんだろうなと思う。冒頭のほうで「初めて台湾に行ったとき、空港を出たらムッとするような感じ」とか、そういう一、二行だけでも「ああ、台湾ってこうだな」と思い出した。俺も、旅行会社のころにさんざん行ったんでね。

唯川 : なるほど。一力さんはすぐに想像がつくんですね。

山本 : そう。でも逆にそれがいけなかったのかと、今、唯川さんの話を聞いて思った。

山本 : スコールのことも、私はそんなに印象に残っていないですね。やっぱり、そういう描写をもっともっとたくさん入れてくれると良かったと思います。台湾の世界の中での彼女たちの関係というのは、日本とは全然違う何かがあるはずだと思うんですけど、それが感じられなかったのが残念ですね。

――次はくぼ田あずささんの「ふざけろよ」です。

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山本 : これは、「B-」。
いまひとつのめり込めなかったのは、川名君が全然魅力的ではないんだな。「何なんだ、こいつは」という、男からみると本当にひどい野郎だ。

唯川 : アハハ。

山本 : それに対して、サキは本当に生き生きと描かれている。特に最後のほうに出てくる美容師とのシーンは良かった。「年末の帰省の話をされたときに少し泣きたくなった」というのは、すごくわかるなあ。
この川名という人間をもっとドンと描いていったら、物語がしっかり立ったように思うんだけどね。でもきっと川名もサキのことが好きなんだよな。飼っている猫に「コサキ」という名前を付けているんだから。だったら、こういう身勝手はないだろうにという思いが最後まで拭えなかったね。

唯川 : 私は、「A-」です。
私は、すごく怖かったんです、この小説が。最初のシーンからすごく怖くて、パンツを脱ぐあたりから、この子たちの不穏な気配というのをとても感じました。そして、すごく面白いなと思って読んでいきました。 一力さんがいま言われたように川名くんはろくでもない男ですが、「そとがわの獣」の夜兄同様、サキが惹かれるのはわかるんですよね。

山本 : アハハ。そうなんだ。

唯川 : はい。むしろ、サキちゃんの愚かさみたいなもの、それは欠点ではありませんが、そっちのほうを感じるというか。結局、似たり寄ったりのふたりだなという思いもするんです。
いろいろな悪ふざけが出てきますが、それがすべてぎりぎりで、ふたりがいつ一線を越えていくんだろうって。最初のほうでマフラーをギューっと引っ張るんですよね。「苦しい」というところで止める。でも、いつかこの人は最後まで絞めるんじゃないかというハラハラ感が常にありました。

山本 : ああなるほど、そう読むんだ。俺は、「何だ、この野郎。何ということをするんだ」としか読んでないから、取り方が全然違うわけだね。

唯川 : でも、男と女でこんなに違うんだなというのはすごく新鮮です。
ただ、全体的に、幼いなという気はしましたが、最近の若者ってこれぐらい子どもっぽいかなというふうにも思うので。
それに、現在と過去の書き分けがちょっとうまくいっていないので、時間の経ち方が入ってこないんですね。そこは少し残念だなと思いました。
あと、せっかく猫が出てきたのに、活かせてないという気もしました。

――次は渋谷雅一さんの「傷痕」です。

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唯川 : 「C+」です。
読んでいくうちに、録右衛門が身代わりになるんだろうなという気配はすごくあって、でもそうならないという展開は面白いと思ったんですね。
でも、どうしても納得できないのは、この仇討ちに出て来た若き侍の辰之丞が、自分の父が一方的に坂口に殺されたのではなく、不正を行っていたことを隠すために、坂口を殺そうとして返り討ちにあった。だから、もう帰らないという。そんなことってあり得るんでしょうか。残してきたお母さんとか養子に出した弟とか、使用人とかは、どうするのよと。その辺りがどう考えても納得できなかったので、こういう評価になりました。

山本 : 俺は「C」。
これは設定が無理すぎるんだよ。家老職の人間である辰之丞が、私闘というプライベートな戦いをすることはあり得ないよ。
のっけからガックリきたのは、冒頭に「浅黄色の羽織が風にはためいて」というのが出てくるよね。それを見た録右衛門が、まぶしさに目を細めたというが、浅黄というのは、田舎侍を蔑視する言葉なんだよ。
何より、録右衛門はしゃべり過ぎる。地の文でもっときちんと説いていって、セリフは短く書かないと武家にならない。これが職人の話だったら、セリフでやり取りしていって、相手をやりこめるというのもアリかもしれないが。
ただ、一生懸命に時代小説を書こうとしている姿勢はすごく買うよ。知識もあると思う。だったら、もっともっと先達が書いてきている良質の時代小説をいっぱい読んで、落語も聞いて。落語を聞くと、あの時代のことがいろいろわかるから。
そしてまさに、唯川さんが提示した疑問。「簡単に仇討ちを辞めて、他の人たちはどうなるの?」ということだよ。
仇討ちってほんとに大変なんだよ。討たないことには国にも帰れないし、探し当てることすらできなくて、そのままという人たちがいっぱいいる。それは歴史小説を読めば山ほど出てくる。その大変さをこの作者が認識していたら、こういう安易な結論にはいかないはずなんだよ。きついことを言って申しわけないけど、筆力はあると思うから、もっと勉強してもらいたい。

――では最後、長谷一馬さんの「風に舞う」です。

山本 : これも「C-」だ。
何でそんなに点が辛いかというと、一番の問題は登場人物がどれも老け過ぎているんだよ。主人公はたしか三十五歳くらいで、父親が六十代。だけど主人公は、もう五十歳ぐらいの固まったオヤジのようだ。父親にしても「それで六十代なの?」というぐらいにものすごく老けた感じがする。
主人公は嫁さんに対しても、ものすごく頑なで一方的だし、嫁さんとの和解も物語に全然作用していない。
そして、子どもの時に出て行った親父がいきなり戻って来た場面。このとき心の中に湧き上がるであろういろいろな思いがまったく描けていない。
主人公が飛ばされたとか、同期の奴は偉くなって、とかいう話が出てくるけども、そういう話と本題が、全然リンクしないんだよ。全部が作り話になっていて、リアリティが全然伝わってこないんだ。
この人も、蝶のこととかいろいろな情報は収集していると思う。でも、情報だけがトンと出されて話が勝手に動くから、深いところへおりて行けないんだな。

唯川 : ようやく一力さんと意見が一致しました。私も主人公にどうにも魅力を感じられませんでした。評価は「C」です。
会社の同期の出世とか、妻との関係とか、エピソードが出れば出るほど嫌な男に映ってしまい、寄り添えないんですね。書けば書くほど、どんどん読者の気持ちが離れていくような気がしました。むしろ、書かないほうがよかったんじゃないかと思います。
蝶にメッセージを託して飛ばすという着眼点は、面白いと思います。
ただ、お父さんが失踪した後、電話がかかってきて「ごめんなさい」と言ったことを、すぐ“女と暮らす”ことに繋げるのも思い込みが激しくて。そして、何かというと「母と俺たちを捨てて女とどこかで暮らしてきた」と出てくるんですが、これくらい大人になったら、そこに何か事情があったんじゃないかとか少しは考えると思うんです。

山本 : ほんとうにそう。だから、幼くて老けちゃっているんだよ。

唯川 : なるほど、そうですね。

山本 : さっき唯川さんが言ったように、蝶に託すという着想はいいかもしれない。でも、それを活かす道を安易に作りすぎている。
さっきの「サクラ」もそうだけど、余りに独りよがり過ぎて、どちらも調べたことに負けているんだね。新人のときは俺もさんざんボツ食らったけど、調べたことを書きたがるなということなんだよね。「百調べてきて九十を捨てろ」と。

唯川 : 仰るとおりです。
あと、お母さんが「蝶」と言ったとき、プロレスラーの蝶野が出てきたじゃないですか。
せっかく物語が乗っているのに、ああいう箇所は省いてもいいと思います。
この物語は、前半はあまり要らなくて、お母さんがお父さんを探しに九州に行くでしょう?あの辺りを膨らませたほうが、もっと面白いと思うんですよ。膨らませるところをちょっと間違えたかもしれないなと思いました。

――ひととおり選評が終わりました。おふたりそれぞれが「A」をつけられた「西北雨」「ふざけろよ」に絞って議論したいと思います。

山本 : 私は確かに「西北雨」に関してちょっと厳しい点をつけていると思います。いちばん読みたいところが書かれていなかったということで、とても残念だったんです。一力さんは、「ふざけろよ」は「B」ではあるんですよね。

――どこが、いまいちですか。

山本 : 川名君の魅力がねえ。でも、さっきも言ったように伸ばしようによってはすごく伸びる人だとは思う。唯川さんが「A」をつけた根拠をもう一回言ってみてくれる?

唯川 : 私がこの小説で感じたのは、ぎりぎりなところだったんですよ。むしろホラー小説に近いと思って読んだんですね。
この子たちがふざけているシーンがたくさん出てきますが、一歩間違うと、死につながるような怖さを感じたんです。いまの若い人たちの思わずやり過ぎてしまう関係というか行動というか、そういうものを感じました。

山本 : なるほど。そのぎりぎり感というのが、全く俺の意識になかったんだよね。以前、落とし穴で死亡する事件があったよね。ああいう歯止めの利かなさ、危うさを、唯川さんはこれから感じ取ったわけだ。

唯川 : 感じました。マフラーでグッと絞めるところあたりから「あれっ?このふたり、ちょっと怖いな」と思って。でも最初が盛り上がると、最後がたいしたことないなと思うこともあるじゃないですか。そう思って読んでいると、最後のほうで、電話している最中に髪を切るんですよね。刃物も使い出したので、もうこれは相当いっているなと。最後まで期待を裏切らずに読ませてくれました。

山本 : なるほど。

唯川 : では、逆に一力さんが「西北雨」を推す点を教えてください。

山本 : 俺は、友人のかのこに男を譲った主人公の理子にシンパシーを覚えたのね。
かのこは初出からして可愛らしいじゃない。周りを明るくして、名前までバンビの小鹿で。その対比で描きつつ、理子のバイプレーヤーぶりを上手に守っているなと思ったの。こういう書き方をするためには力量が要るなと思う。
ただ、この作者がこれ以上、大きなところに行くかどうかはわからない。
「ふざけろよ」は磨きがいのある原石だと思う。これだけで言えば「何だよ、この川名は」と思ってしまうけれど、新人賞ということで考えれば、あなたの「A」が合っているかもしれない。

唯川 : 私は、いま一力さんのお話を聞きながら、逆に「ふざけろよ」は、今後どのような形で広がってゆくか、ちょっと謎のようにも思えます。

山本 : あら、そう。

唯川 : 「西北雨」は確かに安定感があって、きちんと物語を積み重ねていく、物語をちゃんと引っ張っていく、着地もきちんとできる、という感じがありますよね。
こういうとき、新人賞はどっちを選べばいいのかというのは難しいですよね。

山本 : うん、いまを評価するのか、可能性を評価するのか。
「西北雨」は、さっき唯川さんが「台湾が感じられない」と言ったことでハッとした。たしかに俺は台湾を知りすぎていたから良くなかったかもしれない。キーワードをポンと投げられたら、「ああ、台湾が描けている」と先走ってしまった。だって、この物語は台湾が感じられなかったら難しいよね。

唯川 : そうですね。ただ、もしかしたら作者は台湾によく行ってらっしゃる方なのかもしれない。だから一力さんと同じように、自分の中で世界ができているから伝えられなかったのかもしれません。だとしたら、そこをちゃんとアドバイスすれば、もっと広がる可能性は、この方ならありますよね。

山本 : それは大いにあると思う。

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唯川 : そうすると、とても厚みのある物語を作っていける人ではないかという気がします。私も勧めておいて何ですが、「ふざけろよ」はちょっと脆い感じもしていて。もしこの作者が次を書いてくれたらとても嬉しいですが、将来性というよりも、いまこの小説が好きという感じで選んだので……。お互いに譲り合ってますね(笑)。

山本 : いや、俺は唯川さんの言い分がすごく納得できたんで。俺がこの「西北雨」を推していた理由の大きなひとつは、台湾が描けたと思っていたから。
だけど、この作者は書ける人ではあるよね。

唯川 : いや、俺は唯川さんの言い分がすごく納得できたんで。俺がこの「西北雨」を推していた理由の大きなひとつは、台湾が描けたと思っていたから。
だけど、この作者は書ける人ではあるよね。

山本 : うん。新人賞としては、いい形の着地かもしれないね。

――それでは、「ふざけろよ」を受賞作に選ばせていただきます。ありがとうございました。

第9回小説宝石新人賞 くぼ田あずさ「ふざけろ」